創造主・宇宙意思から、人類への啓示と救い ~ 『文明の創造』 と『奇蹟』 ~ 

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おことわり

本ホームページは、ご賢察のとおり、世界救世において、まずは「世界救世(メシヤ)教」を復興する団体として、「メシヤ様を信じ仰ぐすべての方々」へと趣向を変じて発信してきております。


代表への問い合わせメールにつきまして


一般のみなさまへ

代表が『ミクラタナの大御神様』に「世界メシヤ教復興」を担う覚悟を決められ、その誓詞を捧げられたことにたいし、大御神様より、御使いあそばされる上ではご浄化をいただく必要があるとのことで、以来ずっと浄化をいただいておられますが、今月の「メシヤ降誕本祝典記念大祭」では更に激しい浄化を物語るお姿や声でございまして、多くの方よりご心配のお声をいただいている状態でございます。

代表にメールをお送りいただいている方々で、今尚ずっと返信が届かないという方がおられると思いますが、上記様子に引き続き、現在は大祭時より増して激しいご浄化をいただいており、そのため身動きできないご様子でありますので、その旨ご理解いただきたく、今しばらくお待ちいただきますか、最寄の各支部にお問い合わせいただきますように、どうぞ宜しくお願い申し上げます。




「メシヤ様を仰ぐすべての皆様へ」


「ご浄化の意義」(H29.3.22) (完)


お取次ぎ者の方から再びメールをいただきました。

その内容に触れる前に、まずお取次ぎのお役を担われておられる方についてでございますが、大御神様より表に出ることを禁じられておられるのでございます。皆様方におかれましては、一体どなたかとご興味が湧かれる方もおられるのも当然かと思いますが、なぜ禁じられているのかと私が思いますところ、ひたすらそういうご適任のお役に徹することができる特性と代表とのご因縁がおありになり、そうして支障なく大御神様の御意図通りにお役が成し遂げられますためにということかと思わせていただいております。

最初にメールを拝したとき、その精錬された文章に非常に驚き、これほど深いことを真剣に求めそれを表現できるというお方は初めてだと、大変、衝撃と感銘を受けたのでございます。これはおそらく、昼夜問わず、大御神様に心揺ぎ無く真っ直ぐに向かい続けておられ、特性を日々高めれてこられきたことを直感いたしました。そうして、私たちにまだ公開が許されていない膨大な量の御垂示につきましても、全てご記憶されておられますので、そうした上で、様々なことをご自身が覚らせていただいた貴重なことを教えていただく機会を頂戴したことに、これまでのことを様々振り返ってみますと、大御神様は善悪全て漏れなく御仕組みあそばされているものと、改めて「御神意の果てしなさ」を思わせていただきました。

このことは、たとえば晴天の太陽を見上げますときに、手でちょうど十円玉ぐらいに収まる太陽でありますけれども、身近に見えても、遥か遠いところにあります無限の光の玉の下で、ともすれば「目線と同じ」か「足下」をみてウロウロウロウロしている私の状態に似ているものでございまして、大御神様という御意思は、どこまでも遥か遠く、手の届かない、たとえ手を出そうにも燃え尽きてしまうような「厳くも暖かい果てしなさ」であるかと思わされるのでございます。

そのような『御意思』を「お取次ぎする」ということの厳しさを教えていただきました。お取次ぎ者の方は「必死」に日々向上を努められておられたそうでございますが、そうした中、昨年「お取次ぎ者」の方にこうした「御叱咤」の御垂示をいただいたそうでございます。


『彼に伝える事を通して自分は自分でちゃんと向上していけるのか?というのをしっかりと中心に据えて、自分という人間を本気で練り上げていかなくてはいけない。』

『しっかりとした信仰者にならなくては。』

『本当にちゃんと、やっていかなくては。気を引き締めてやるように。』

『その役割を通して、自分がどの様に変わらせていただいたか、向上したか、そこが大切なんだから。』


そのときのことを、「本当に怖かったです」と率直にお気持ちを披露してくださりました。

そうして、「なぜ代表が、そのように思われてしまったのか?」について、取次ぎ者の方はご自身に「当てはめて」考え覚られたことを、皆様にもお伝えいただきたい、とのご意向でございまして、そのままお伝えさせていただきます。


『これからは間違った信仰で人を不幸に陥れてはならぬ、不幸を味わわせてはならぬという責任感と人を想う熱、それを実行する胆力、頭を総動員してやってくれ』

”これが、御教えにある「誠」と言われるものなのではないか”と思うようになり、これを数日間言われ続けて悩み、ようやくお誓い申し上げた事を考えますと、自分の「誠」が全く育っていなかった事がハッキリと分かり、「誠」のない私が伝達をしたところで、その意図を正確に先生に届けられる筈がなかったと、本当に今までの自分のあり様を恥じております。


大御神様が仰せあそばされてきた重要な点は、メシヤ教全体に、他人のお話を自分に当てはめて受け取って覚っていく積極的な「自主性」の姿勢でございますので、お取次ぎ者の方が「誠が全く無い」とまで究明されたことを、「私たち」に当てはめて考えていくことが重要であると思うのでございます。

私たちは、『御垂示』だけをみて、その書かれている文字の意味だけをみるのではなく、まずは自分の実際に当てはめて、当てはめてみたらどうだったのか、何が足らなかったのか、自分の何が間違っていたのかを「明確」に「自覚」していくことが、その人にとって「本当の御教え」を一つ知った、覚ったことになるものと思わされました。「合わせるピントに、ハッキリと気付く」ということが重要でございまして、それは『御教え』や『御垂示』の御存在意義は「人間をピントに合わせるため」であるからでございます。つまり、「ピントを見つける」ということが、『信仰(即生活)の思い込み』を修正する「始まり」と思うのでございます。

「ピント」は自分に「ずっと、当てはめ続け」て、それは数日間の悩みの浄化で分かることもあるでしょうし、心底の狂いの部分を見つけようともすれば、心底は長年毒素とともに蓄積したものでありますので、肉体の厳しい浄化を伴うものでございます。

そうして、上に立つ者は、「その立場としての自覚」が必要でございまして、お取次ぎ者の「自覚」は、


「つもり」ではやっていけない程に昼の時代になっているのだ、そういう時期にとても大きな役割を担う先生を皆様と一緒にお支えするには生半可な心ではいけないのだ。


ということでございましたが、これも上に立つ者が「自分に当てはめて」、自分はどうかということを真剣に自分で覚っていくことが重大なことだと思わされたのでございます。


お取次ぎ者の方から最後に、「本当にお伝えしたい事を私の代わりに木原様がお話しして下さった様に思われ、メールをお送りして良かったと報われた思いでおります。」「代表の間違いを公表し、代表ご本人にもそれをお伝えしなければならない一番辛い役割を木原様にお願いする結果となり、」ということをお知らせくださり、何とか気持ちを通じさせていただくことが出来たということでは一安心した次第でございます。

しかしながら、浄化の「意義」が重要でございまして、涙堪えて辛いということ以上に、我が身に当てはめてみれば、”人類救世の志を捧げれる魂を善人に育てあげ、立場ある者はその身魂について、過去からつづく大罪の根まで問われるのだ、代表のような素晴らしい人であってもそうであれば、自覚して直らない私は役立たずで、悔い改めなければならない”ということを思わせていただいたのでございます。


「下記ご浄化の大峠を越えられる」(H29.3.21) (完)


代表におかれましては、先の土曜日より下痢の浄化をいただき、臨月同様のお腹であったものが、現在はペッタンコになってきたそうでございます。

魂の向上に真向かうからこそ許されました、大変、尊いご浄化であるものと思わせていただきました。

以前に西洋での主神様の御垂示を書かせていただきましたが、魂が覚醒した人のほとんどは、死ぬ間際に自らのあらゆるシガラミが取れるために覚醒してきたということでございますが、このことについて私が思いますことは、死が眼前に見えて初めて、心の最も奥底のシガラミまでもが取れるという稀な人がいるということと、それによって魂だけになるため覚醒したということかと思うのでございます。

私たちは『自覚の境地』にならなければならないと教わっておりますが、それはたとえ神様からお答えをいただいても、心が曇っていればそのことに魂が自覚できないからと思うのでございます。

実は、土曜日は大御神様から取次ぎ者の方に「ご浄化の真因」を御垂示賜った日でございました。

自覚といっても、気付いていないことに大中小、濃淡も様々あるかと思いますが、最も心の奥底のシガラミを徹底的にとるように求められたのは、人類救世の大任の駒を許されようとする代表であればこそと思うのでございます。

私は、「明らかに自認できている悪癖」についてさえ、四苦八苦いたしております。非常に情けない思いでございます。このお姿を通して、大御神様の御意図を、直線でいただいて直してまいりたいと思います。

こ衰弱のご肉体ゆえに、これから当然肉体的に回復していくまでは今しばらく時間はかかるものと思いますが、大峠を越えられたものとお察しいたし、話の流れ上、はなはだ僭越ではございますが、こちらのほうで皆様に取り急ぎご報告を兼ねて所感を申し上げさせていただきました。

なお余談ではございますが、メシヤ教の信者さまたちの魂が覚醒された分だけ、メシヤ様の御力は強まり、世に照らされ破壊と建設が行われるとのことでございますが、奇しくも昨日、かのD.ロックフェラー氏が死去されました。


「ご浄化の意義」にたいする『御垂示』と所感 (H29.3.20)(完)


ここに代表のご浄化の意義につきまして「人類救世の御神業について、大きな役目を担わせていただきたいと高い志をもっていても、それは現実にどういうことなのか」ということにつきまして、それに続く私たちおよび他教団の「メシヤ様を仰ぎ信じる皆様方」と共に、「ご浄化について、どのように捉えるのか」ということで考えてまいりたいという「願い」を抱いて、大変僭越ながら私からの所感を三点に分けて書かせていただいておりました。

今朝、御垂示のお取次ぎ者より、『ミクラタナの大御神様』より今回に限り私に直接に伝えるようにと御知らせを賜りました。その内容をどのようにするのかについては御指示はございませんでしたので、ご批判もいろいろ承知の上で、誠に勝手ながらまた私の意図するところをもって書かせていただければ誠に幸いに存じます。

その御指摘とは『重大な誤り』が三点目の一部にあるということでございました。その部分とは「神様が代表の腹に出入りされるために大浄化をいただいているというのが大御神様からの御垂示でございました。」という一文でございまして、そのような御垂示はないため、『重大な誤り』として訂正させていただきますとともに、読者の皆様には間違えた認識を与えてしまいましたことを深くお詫び申し上げます。

〔当日私より代表にお電話でお伝えさせていただいております。また快癒されて五月以降かのメシヤ講座でお話いただけるのではと思っておりますが、先ずは御指摘賜ったことを修正させていただくつもりでいたのですが、各地の方々より各支部を通じていろいろと内部のことを書くことに心痛められ削除依頼を頂戴いたしましたので、現在すべて削除いたしております。皆様方のお気持ちも察した上で、あえて意図するところがござましたので勝手ながら思い切って書かせていただきましたが、多くの信者様にはご不快を与えました点、心より深くお詫び申し上げます。何卒ご容赦いただければ幸いに存じます〕

また取次者の方が日々沢山の御垂示を賜っておりますが、『ミクラタナの神様』より賜る『御垂示』の「本筋の御意図」を感じ取られまして、こと細かく教えていただきました。

その内容というものは、人間は、これから人間として本来の姿に戻していただく為、罪をお許しいただく為、神様の救いのお手伝いを担わなくてはならないので、その為にはメシヤ様が御教えで本来は何を仰りたかったのかを私達人間側がしっかりと受け取る為に、自分達が今まで御教えから受け取ったと思い込んでいるものを打ち破り、本来の御教えの内容に触れていかなくてはならない、それに自分達が正しいと思っているものが本当にメシヤ様が仰っていた事なのかというのを精査し、自らを正してそれを伝え広めていかなくてはならない、ということでございました。

読ませていただいて思えましたことは、私たち人間は、視野狭窄的な判断や、一時の浅見的悪癖の小善で、隠れていて目えない大きな人や益を失していることが多く、そうであればこそ日常生活において万事、浅智や鈍智を自覚して「思い込み」を無くして「真実」を覚るように努めることであり、簡潔に言い換えればどこまでも常に「慢心・取り違え」を無していく心がけをしていくということでございます。日々御垂示を賜っている御目的のメインは、『信仰の思い込み』を打破するとのことでございます。

今回の代表の浄化の理由は『先達の先生方が犯したくなくても犯してしまった様な間違いを犯させない様に、そしてしっかりと大きなお役目の中心を担える様にする為』とのことでございますので、私たちもそれに続くならば、このことを、「メシヤ様を仰ぐ全ての方々」は、私たちを代表する「代表」のお姿の現実をよく知っておかねばならないものと思うのでございます。

取次ぎ者の方が大御神様より

『これからは間違った信仰で人を不幸に陥れてはならぬ、不幸を味あわせてはならぬという責任感と人を想う熱、それを実行する胆力、頭を総動員してやってくれ』

との御垂示を賜って誓いを捧げたときに、私のほうに『重大な誤り』への御指摘とともに『この様な間違いを絶対にしない為のご浄化である』ということを知らせるように、という経緯でございますが、私が思いますに、『重大』なことであるということの理由は『これからは間違った信仰で人を不幸に陥れてはならぬ、不幸を味あわせてはならぬ』という為と思わせていただきましたので、長いメールをいただいて、改めてまた私自身に当てはめて「所感」として書かさせていただければと思います。

所感といたしまして、私は勿論どんな人にも『思い込み』はあるものでございまして、『思い込み』は『間違った』ことになるのでございまして、悲しきかな人間はみな日常多々あることでございますが、人は経験を積んで人の上に立つようになるほど、”自分ではだいぶ修行が出来きてきた”と思えたり、相談された相手にたいして経験や知識上で「こうしたらよいと思う。」と言ってきているのですが、たとえ尊敬される立派な人であっても、『思い込み』すなわち『取り違い』が無い人はいないというぐらいでありまして、それであるからこそ人間として向上していかねばならない、ということと改めて思わされた次第でございます。なお、人の上に立つ者ほど、前世で大きな罪を犯してきているということでございますが、それは想像いたしますに、一般の人にすぐわかるようなものではなく、いわば優れて巧妙な表面善が主体であったかと思うのでございます。

しかしながら古今問わず『思い込み』を人に伝えたということは、その分は『ミスリード』し、その分だけ『人の向上の機会を失っし』、その歪の部分が大きいと結果だんだんと『不幸に陥れる』ということになりますので、このことを繰り返さないために、このことを十分肝に銘じて、私たちはよくよく頭を浄めて、思考をもっともっと柔らかくして、そうして御教えにありますように本当の信仰は書き表せないため真理すなわち神意を覚る努力を怠らないようにしてまいらねばと、強く思わされたのでございます。

これからは本当に大変な時期になるとのことでございまして、取次ぎ者ご自身にたいして『ほんの少しの間違いであってもきちんと”違う”と言わなくてはならない。』と御垂示賜ったとことでございますので、これからメシヤ様に本当に御使いいただこうとするならば、まず自らが非を改め向上を心掛ける日々の上で、「それは御教えに照らしてこう思うことが出来ますが。」と、そういうことを快くお互い耳に入れさせていただけるような、そんな素晴らしい尊い姿勢の集団になっていけばと思った次第でございます。

私たちは世間的な形式組織ではなく、いかにメシヤ様の意に適う人間になれるか、ということを一人ひとりが真摯に求める、そういう団体でありますので、今後もどのようになるかわかりませんが、それは私たち一人ひとりの神様にたいする「積極性」にかかっていると思わされた次第でございます。



「覚り(二)」

覚り(一)」につきましては、「こちら」をご覧ください


はじめに

『主神様』が地球の大掃除および天国建設のために、地球に御意思を写されたのが『ミクラタナの大御神様』であらせられ、その大御神様が『メシヤ様』として(尊称は大を冠する)様々な御働きを具現化あそばされます。神様は御働きにより御神名が変わるのでございます。

そこで、メシヤ様と御神縁を賜った私たちにたいして、『ミクラタナの大御神様』から日々代表を通じて御垂示賜っておりますが、私たちが早急に「神性」を甦らせて高めなければ、メシヤ様は天国建設の御力を御発揮あそばされないどころか、私たちは大掃除されてしまう側になるのでございます。この「神性を甦らせて高める」ということがメシヤ教の最重要の取り組みでございます。

汚れた時代に生まれ変わりしてきた数千年のなかで、当初、悪い心を根源的な心の奥底に芽生えさせ、言動を積み重ねるうちに、「魂」にまでシミ付かせていくことになった※「畜生癖」を、自らが覚り得て初めて、心底から涙がほとばしるように申し訳なくなり、”どうしてもお詫び申し上げなくてはならない”という気持ちが湧き、そうして私たち人間の本体である「魂」の自覚と「魂」をいただいていることに感謝が満ちわたり、自ずと自らの「魂」を再生させんとシミ抜きをしつつ、悪が九分九厘まで来たった世に流され戻されずに、太古のように再びメシヤ様の御膝元にて直接御使いいただける駒を想い魂立ち燃えて、日々「魂」を高めていきたいと思っております。

『天津祝詞・善言讃詞』に詠み込まれております内容は、すべてメシヤ様の表現神様、メシヤ様の一部の神様の御働きであると思っておりますが、これらの祝詞を通して日々心を直し、メシヤ様の真の御神業にわが身をも許されるようにと、一層励んでまいる所存でございます。




「覚り(二)」 本文


■ 参考

 日本人の「日」の魂  〔起稿済〕


■ メシヤ様の表現神様(過去のメシヤ様)にたいするお詫びについて

 国常立之神様にたいするお詫び  〔起稿済〕

 伊都能売大御神様にたいするお詫び

 天照皇大御神様にたいするお詫び


■ 私の悪と、メシヤ様の御迎え

 悪の凝集と現在

 許し主 メシヤ様を御迎えする



※「畜生癖」

数千年来、わたしたち人間は「生きている間」に、肉体は人間であっても霊は「畜生」になってきたのでございます。それゆえに肉体が滅びて霊界にいくとその畜生になってしまうのでございますが、その畜生は「凄い悪癖」であるがゆえに畜生になっておりますので、たいていはそのまま現界に生まれてまいりますが、「悪癖の権化」ともいうべきその姿に大いに後悔して”早く人間に戻りたい”と思うのですが、当然肉体があるために行けませんので、動物虐待を好み、ときに車道に出て自殺をするなどしてようやく霊界に戻り、修行をして念願の人間にまで上がって、また人間に生まれてくるのですが、しかしながら人間とは「神」と「獣」の間ですので、「半獣のまま」生まれてくるようなものでございます。そのために、再びその「悪癖」を出しては、畜生にいくという繰り返しをして、「悪癖」を「魂」に濃く染み付かせてきたのでございます。神性を獣性が支えている形が「人」でありますが、獣性が出てしまうと「×」になり、畜生となるのでございます。

『畜生道は勿論人霊が畜生になるので、それは如何なる訳かといふと生前その想念や行為が人間放れがし、畜生と同様の行為をするからである。例えば人を騙す職業即ち醜業婦の如きはとなり、妾の如き怠惰にして美衣美食に耽り男子に媚び、安易の生活を送るからとなり、人の秘密を嗅ぎ出し悪事の材料にする強請の如きものや、戦争に関するスパイ行為等、自己の利欲の為他人の秘密を嗅ぎ出す人間はになるのである。然し探偵の如き世の為に悪を防止する職業の者は別である。そうして世の中には吝嗇(ケチ)一点張りで金を蓄める事のみ専念する人があるが、之はになるのである。活動を厭ひ常にブラブラ遊んでゐる生活苦のない人などはになるので、昔から子供が食後直ちに寝ると牛になると親が窘(タシナ)めるが、之は一理ある。又気性が荒く乱暴者で人に恐れられる、ヤクザ、破落戸(ゴロツキ)等の輩はになる。唯温和しいだけで役に立たない者はとなり、執着の強い者はとなり、自己の為のみに汗して働く者はとなり、青年であって活気がなく老人の如く碌な活動もしない者はとなり、奸智に長けた狡猾な奴はとなり、情事を好み女でさえあれば矢鱈に手を付けたがる奴はとなり、向ふ見ずの猪突主義で反省のない者はとなり、又横着で途呆けたがり人をくったような奴は貉(ムジナ)となるのである。』

まさに「チクショウめ!」と言われるような悪を何度も何度も、凝りもせず、繰り返してきたわけでございますが、しかしながら畜生もしないような「極悪非道」なこともあったわけでございますが、これは人が「悪魔」に魅入られたためでございます。

この繰り返しために悪の度合いが濃厚になって心に蔓延り、善よりも悪が多いと霊は畜生となって、畜生の癖が抜けて人間界にまでいくにはおよそ300年~400年かかるもので、たとえば自分が今80歳であるとして、今どうしても取りきれない自分の悪癖を思い浮かべ、それが取れるまでには今まで生きた人生の4倍~5倍の長い長い時間をかけてとっていくような感じでございます。

世の中は悪魔や畜生が主体となって動いている部分は人間の心や身体や地球が破滅的となっていき、現在はそれが九分九厘にまで来たったので、この世を救うために、この世を本当のものに変えていくためには、まずメシヤ様に直接繋がった人たちが早急に根源的悪を自覚し、早急に神性を取り戻して高めていくことが緊要の課題となったわけでございます。




■ お役立ち情報

   不要薬を減らすwebセカンド・オピニオン 浜六郎医師

   がん研究の第一人者 放置療法 外来 近藤誠医師

   アトピー無医薬 外来 佐藤健二医師

   精神病無医薬の第一人者 がん無治療相談 外来 内海医師




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